海外在住研究者のつぶやき

専門外のことについて勉強した内容をまとめます.

「任期なし助教」の難易度と将来性

筆者は現在、海外にて学位取得を目指しており、学位取得後のキャリアとして日本の大学への就職も考えている。 特に、教育への関心、公募の競争率、そして家族の都合の関係から、地方国公立の「任期なし助教」に興味がある。 そこで、任期なし助教の関連情報を(地方国公立のものを中心に)まとめてみた。

なお、筆者の専門である情報系の話が中心であることに注意されたい。

条件

筆者の希望条件は下記。

  • 非研究大学でもOK:教育にも注力したいため
  • 首都圏外もOK:ただし首都圏まで二、三時間の運転で行けるのが理想
  • 地方私立は今回は検討対象外

まとめ

先にまとめを。

  • 任期なし助教は高倍率であり、そもそも公募自体も珍しい。なぜなら、ほとんどがテニュアトラック助教に取って代わられているため。なお、テニュアトラックの審査合格率は7割くらいで普通に落ちるので、任期なし助教の代わりとは言い難い。
  • 高倍率を勝ち抜き任期なし助教になっても安泰ではない。准教授への昇進の保証はなく、さらには暗黙の「追い出しルール」などもあるとかないとか。オープンキャンパスや講習会などの研究に無関係な業務も多い。

テニュア審査は普通に落ちる

大前提として、国公立(特に研究大学)では任期なし助教の募集はほぼなく、筆者の分野では一年間に数件程度である。ほとんどがテニュアトラック助教に取って代わられている。 そしてこのテニュアトラック助教は「任期なし」とは程遠い性質のものである。

テニュア審査の合格率を下記する。大学によっては半数近くがテニュア審査不合格になっていることがわかる。 テニュアトラックは「なるべくテニュアを取らせる」という運用と筆者は理解していたので、この結果は衝撃的であった。

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テニュア審査の合格率。「長谷川 潤, テニュアトラックに求めるもの」より引用

テニュアトラックなのにポジションが確保されておらずほとんど不合格になることもあるという。確かに、上記の例でも東京工業大学や東京医科歯科大学ではポジションが30%〜程度しか用意されていない。

テニュアトラックなのにポジションが確保されておらずほとんど不合格になるという話は聞いたことはありますが、合格後に出て行けと言うのは初めて聞きました(引用元:Ryota IINO 飯野亮太 - Twitter

ただし、アメリカの場合もテニュア審査の合格率も7割程度のようで、日本の審査の合格率が世界標準と比べ一概に悪いとは言えなそうである。

(テニュア審査の合格率は)通常のResearch Universityでは7割程度(引用元:なんか書いてみよう: 4月 2011

いずれにしても、テニュアトラック助教は(良い試みではあるものの)任期なし助教の代替とは言えない。

倍率

地方国公立の任期なし助教に関する情報は得られなかったが、任期つき助教、首都圏私立大の任期なし助教に関する情報はあった。

まず、任期付き助教だが、情報系は倍率が5倍以下とそれほど高くなさそう。 確かに「東京都立大学 採用・昇任選考結果一覧 | 東京都公立大学法人」を確認した限りでは任期つき助教への応募者は3〜4名程度が多く、倍率は高くない。

情報系だと大学は企業と競合するので、基礎科学より大学の助教になるハードルは低いのだとは思います。それでも条件のよい助教ポストだったら倍率5倍以上にはなるかもしれませんが……。(准教授以上が激戦区で、倍率数十倍になるみたいですね)(引用元:Mamoru Komachi - Twitter

一方、首都圏私立大学では任期なし助教の公募倍率が100倍超え、3年の任期付きでようやく数十倍とのこと。情報系の誰でも応募できるくらい広い公募だとこうなってしまうらしいので、応募する側の戦略としてはやはり自分の専門に合致した公募に応募すべき、ということになるか。

しかし私立大学の理工系の学部でも、任期なし助教で公募したら応募が100倍を超え、3年の任期付きでようやく数十倍に減ると聞くと、ガチ公募に通るのは本当に厳しいのだなと痛感する。(中略)松本先生は「うちが助教を公募しても数十倍行くことはない」とおっしゃっていたが、たぶん分野をどこまで限定して公募するかによるのと、パートナーや親の事情などで首都圏を離れられないといった事情があるだろうし、情報系の誰でも応募できるくらい広い公募で、なおかつ首都圏だと応募が殺到するのであろう。(引用元:武蔵野日記

足切り

「直近5年で主著3報」

公募倍率がたとえ100倍を超えたとしても、実際にはそれなりの人が内規により足を切られている可能性がある。 下記の報告によると、公募には「直近5年で主著3報」などという内規があり、これを満たしていないと足切りにあう、とのこと。 この方は生命系だが、情報系にも似たような内規がありうるので注意が必要である。

私は民間企業から私立大学に採用された。10年近く公募に出しつ続けた結果である。 私がずっと勘違いしていて採用されて気づいたことがある。それは、特許などは大学教員採用の業績にならないということである。 大学によりけりであるが、実は表にでていない「内規」というか独自ルールがある。 直近5年で主著3報。 特許や学会発表など企業で行ってきたことは全く寄与していなかった。 (引用元:大学教員採用(2)内規の存在、筆者が適宜中略)

教育歴

助教においては教育歴はそれほど見られないようだ。ただし「任期なし」助教においても同様かは不明*1

実際、審査してる立場でも、ちょっとでも教育歴があると全然印象が違います。 (中略)あ、助教(助手席)採用人事の場合は教育経験は無いのが当たり前なので、教育経験は重要視されないでしょうね。さっき書いたのは准教授採用人事、教授採用人事の場合です。(引用元:石井晃 - Twitter

追い出し

高倍率を勝ち抜き、任期なし助教に就けたからといって安泰とは言えない。 暗黙の「追い出しルール」もあるとかないとか。

テニュアトラックは多くの場所で、"なるべくテニュアを取らせる"という方向で運用があるのに対して、日本では任期なし助教は"なるべく出ていく"という約束がありがち(引用元:あなちゃん - Twitter

特に研究室を主宰していない助教の場合は追い出し可能性が高まるようだ。 調べた限りでは情報系では任期なし助教でも研究室を主宰できることが多そうであった。おそらく下記は自然科学(特に生命系)分野に関する話と思われる。

大抵、新任教授は着任した大学で新しい研究プロジェクトを始めるので、前任教授の下で働いていた教員は転職活動を始めないといけません(引用元:助教になれれば安泰なのか?その目安は?

追い出し部屋の存在も示唆されている。恐ろしい。

准教授になったって、終身(テニュア)が保証されていないのです。(中略)よくある圧力としては、研究室が非常に小さいものしか与えられず、座敷牢のような感じで閉じ込められます。(引用元:准教授だって安心できない

万年助教

さらに准教授への昇進は全く保証されていない。

今、任期なし助教であっても准教授に昇進できるかわからんし、任期なし准教授であっても教授に昇進できるかわからんし、常に転活やなぁ。(引用元:Mitsuo Yoshida; AI Bot (PR) - Twitter

業務量

地方公立の場合。「大学教員として最初の訓練と割り切っているからこそ向き合える内容と分量」とのこと。

「教育6 研究1 運営2 地域貢献1」「地方小規模校ゆえの高校訪問、オープンキャンパス、公開講座、講習会など学生獲得のための業務量にも辟易」「大学教員として最初の訓練と割り切っているからこそ向き合える内容と分量」「永久に続く学生対応。環境整備など事務員の肩代わり業務、絶え間なくどこからか降ってくる雑務。評価基準が見えず、昇進昇給も不透明。」(引用元:地方公立専任講師 - 大学教員が明かす仕事の本音

平日は14時間、土日も毎週6時間の労働時間との報告も。

自分の例をあげますと、40半ばの国立大助教で年収600万でした。(中略)平日は14時間、土日も毎週6時間ほど大学にこもり、帰宅後も作業を行っていました。年間340日は大学にいたと思います。 (教員公募について考える② - 社会人からテニュア大学教員へ

大学の「下請け」化

地方大の問題は大学の「下請け」化。なんでも共研ノルマがあるとかないとか。 今後は共研圧も強くなりそうなので益々問題になりそう。

例えば、大学が、中小企業に無償で設備を使われたり、試作品の製作をさせられたり、一方的にヒト・モノ・カネを負担している事例を、共同研究と称していることが多いのではないか(引用元:搾取される研究者たち 産学共同研究の失敗学 - Amazon

*1:任期なし助教は「助手席」採用ではないことが多いという認識なので。